「テュペロ・ハニー」

 

4thアルバム『Flora』のリードシングルと言えよう、ROVOシンセサイザー・プレイヤー、益子樹氏と初めてタッグが組まれた作品。第二期の2ndシングル(なおCD音源としては現時点でARTのディスコグラフィーにおいて、最新のシングルでもある)。

 

【特徴】
パワーポップニューウェーブのニュアンスが強いタイトルトラックに象徴されるように、いずれも過去の楽曲より爽やかな印象を与える。
・益子氏はプロデュースやミキシングを担当。全曲シンセサイザーで参加してもいる。使用機材はFM音源の名機・YAMAHA DX-7(デジタル)とアナログの名機の一つ、Roland SH-101(クレジットより)。
・ジャケットはファン公募作から採用。

2006年12月発売。限定生産盤。 

 

テュペロハニー

テュペロハニー

 

 

 

1.テュペロ・ハニー
タイトルはVan Morrison『Tupelo Honey』からの引用か。

「プール」や「スカーレット」を思わせる心地よいイントロのストロークをはじめ、全体的なギターワークは、それまでのARTの得意技であったディストーションの刺々しい作風からの脱皮を思わせる。

そこにRentalsやthat dog.などを思わせるパワフルなシンセのフレーズが重なり、ニューウェーブによったオルタナティヴなサウンドになっている。

歌詞面では、<<君の心があって/僕の心があって/当たり前にすれ違った>>というお決まりの諦観から始まりながらも<<それでも今/手を繋いで>>という祈りで終わるあたりから、前作での「光と身体」同様、僅かな希望が見出されている様を感じ取ることができる。

<<「男らしく生きろ」なんて>>のニュアンスは後に「LUNA」に使い回されている。

<<僕達の純粋は/空に舞って/それから/下に落ち/破れた>>という退廃的なサビながら、それほどネガティブに聴こえず、前向きな印象を受ける感じは、少しだけ「エイジ・オブ・イノセンス」を思わせる。


2.その指で
ART屈指のエロティシズムを誇るタイトルが秀逸。

リフはPhoenix「Everything Is Everything」のフレーズのオマージュ。

基本的には「クロエ」をより展開させたようなサウンドで、益子氏の遊び心あふれるシンセの音色とのコンビネーションも良い。

言わずもがな、ではあるが、セックスソング…と言うより、詞全体として一連の行為を描写しているようにも感じられる。

<<うんざりする程触って/いまいましい程笑って>>や<<心のヒダを溶かして>>、<<床でも何処でもいいよ/どうだって>>など、怠惰に、ぶっきらぼうに舐め合う姿は前曲から引き継いでいるようにも感じられるし、唾液で満たされる空疎なコミュニケーションという意味では後の「real love/slow down」のそれを先取りしているようにも思える。


3.クオークの庭

前作「キカ」に続く、戸高氏がヴォーカルもとった曲。

全体的なサウンドは幽玄な「キカ」に比べると幾分パワフルなポップセンスをたたえており、総体としてこのシングルの説得力に重みを加えることに成功している。

歌詞もまた同様で、サビの<<falling down>>やメロでの<<枯れ果てたその身体に/口づけはスロウ/意味は無い>>など前2曲と世界観が繋がっているようにも感じられる。

戸高氏による曲は木下氏のそれよりもメロディに対する言葉の乗せ方が流麗な一方、詞全体の抽象度もかなり高くなる傾向にある。後の作品を見てもこの曲は、その性質が最も顕著だろう。